修士・博士論文

博士学位論文(2025.3)

防災行動に影響を与える要素

ADDIEによって開発した「リスクアドバイザー」養成プログラム

企業の実態解明に基づく事業継続能力向上のための人材育成プログラムの開発

中澤 幸介

 日本では、首都直下地震、南海トラフ巨大地震、富士山噴火、気象災害などの自然災害が懸念されている。政府は企業に対して事業継続計画(BCP)の策定を促しているが、令和5年度の内閣府調査では、策定している大企業は76.4%、中堅企業は45.5%に留まっている。また、災害時にBCPが役に立ったと感じる企業も54.2%に留まり、その理由にBCPを一度策定したまま教育・訓練をせずBCPが組織に定着しないことが挙げられるなど、企業の事業継続能力向上の取り組みは喫緊の課題である。
 本博士論文は、以上の背景を踏まえ、大規模災害での企業の事業継続の実態解明と事業継続能力向上を目的として、1)多くの企業が未想定である富士山噴火シミュレーションをもとにBPC策定の実態とその効果を検証し、2)BCPを効果的に機能させる訓練・演習のポイントを抽出し、3)人々の防災行動を促進させる要因を検討し、4)これらの成果をもとにインストラクショナル・デザイン理論に則って、事業継続能力向上のための学習目標を抽出し、BCPとリスクマネジメントを組織に定着させる「リスクアドバイザー」の教育プログラムを開発・検証した。
 研究1「富士山噴火におけるBCP対策の検討―企業を対象とした噴火シミュレーション調査を通じて―」では、富士山噴火のBCPに取り組む企業と取り組まない企業の差を、シミュレーション型アンケートで明らかにした。その結果、多くの企業が富士山噴火に十分な備えがなく既存のBCPが機能しないことがわかった。一方、噴火対応が可能な企業は、噴火警戒レベルが高まった時点、噴火時、降灰時の各フェーズの対応行動が充実しており、長期的なシナリオまで見越した物流停止時の在庫戦略や代替戦略、またBCPを定着させるために日常的に経営者を含めた噴火リスクの話し合いレベルを実施していることがわかった。
 研究2「企業におけるBCP 訓練・演習の実施状況に関する研究」では、質問紙調査によってBCPが期待通りに機能すると考える企業と、そう考えない企業との、訓練・演習の実施状況の差を明らかにした。その結果、重要性の認識は変わらないものの、実施頻度、これまで実施したシナリオの数などで有意な差が見られた。訓練・演習の実施頻度を増やすには、危機管理担当者が、訓練・演習を企画・実施できる方法論と、数値などの被害想定を定性的なシナリオに落とし込んで訓練・演習に取り入れ、BCPに反映させることができる能力が必要であることを提案した。
 研究3「地震における災害シナリオと防災行動に関する研究」では、全国を対象にインターネット調査によって、従業員を含む一般市民の防災の取り組み状況と、被災シナリオを通したリスク認知の現状を明らかにした。その結果、被災シナリオを「命の危険」「生活困難」「誘発災害」の3因子で認識していることがわかった。また、個人の防災行動を従属変数にした重回帰分析によると、「命の危険」および「生活困難」因子、被災経験、活断層による地震の認識、ハザードマップの認識が有意に影響を与えており、リスクマネジメントの観点からもこれらの変数を向上させるような教育・研修プログラムが必要であることを提案した。
 研究4「企業におけるリスクアドバイザー教育プログラムの開発」では、インストラクショナル・デザインのADDIEモデルに則って、これまでの研究から提案される「BCP」「リスクマネジメント」「組織定着」という3つの考え方を体系的に身につけるための教育プログラムを開発した。BCPはISO22301、リスクマネジメントはISO31000に基づき、50項目の学習目標を設定した上で、講義内容(リスクアドバイザー養成講座)を設計した。開発した教育プログラムを受講者に対して検証したところ、設定した50項目の学習目標すべての理解度について有意に上昇し、1ヶ月後においても保持されていることがわかった。

関連論文(査読付学術論文)
1)中澤幸介・大友章司・木村玲欧(2023)富士山噴火を考慮した BCP 策定の現状 -企業を対象とした噴火シミュレーション調査を通じて-, 災害情報, No.21-1, pp.13-22.
2)NAKAZAWA, K., OHTOMO, S., KIMURA, R., NAGATA, T. and IKEDA, M.(2024)Examining the Relationship Between Disaster Scenarios and Disaster Management Behavior During Earthquakes, Journal of Disaster Research, Vol.19, No.1, pp.182-191.
3)中澤幸介・木村玲欧(2024)企業におけるリスクアドバイザー教育プログラムの開発, 地域安全学会論文集, No.45, pp.63-72.

関連論文(国際学会発表論文(アブスト査読付))
1)NAKAZAWA, K., OHTOMO, S. and KIMURA, R.(2024) Study on the Implementation Status of Business Continuity Plan (BCP) Training and Exercises in Companies, 18th World Conference on Earthquake Engineering Conference Proceedings, TNM7, 10pp.