修士・博士論文

博士学位論文(2022.3)

被災地での「防災教育用副読本」学習内容のクラスター分析による類型化

「避難所における対応能力」尺度の開発

学校の防災教育におけるレジリエンスの育成に関する研究

佐藤 公治

 日本では、1995年阪神・淡路大震災、2011年東日本大震災などを契機に、構造物や社会基盤の「脆弱性の低減」を目指したハード面の防災対策から、地域コミュニティにおける避難を促す力などのレジリエンスの向上を目指したソフト面の防災対策にも焦点が当てられるようになった。ソフト面の防災対策では、地域の中で生きる子どもたちのレジリエンスを育むために、地域と連携した防災教育の提案・実現が求められている。
 本博士論文は、以上の背景を踏まえ、1)日本の防災教育の動向分析、2)社会教育で行われる防災教育の概念化、3)学校教育における副読本の分析による防災教育の類型化によって、学校を取り巻く防災教育の現状を明らかにした。その上で、学校現場での実践検証をもとに、4) 避難所運営活動によって「生きる力」を育む体験的防災教育の提案を行い、さらに阪神・淡路大震災の被災者への量的社会調査をもとに、5) 長期的な時間経過における児童生徒の災害からの適応過程を明らかにした上で、レジリエンスを育てる防災教育を提案したものである。
 研究1「東日本大震災前後の日本の防災教育の動向分析」では、2011年東日本大震災前後の日本全体の防災教育の変化や動向を把握するため、内閣府「防災教育チャレンジプラン」での実践事業を分析した。その結果、東日本大震災後に、マルチハザードに対応、社会人・地域社会を対象、体験的学習が有意に増加しており、学校教育において地域社会を巻き込んだ「生き残る力」と「生き抜く力」のレジリエンスの育成が重要であることを示唆した。
 研究2「社会教育で行われる防災教育の概念化」では、和歌山県の児童館の先進的防災実践教育について分析を行った。実施者へのインタビューの上で、教育プログラムの特徴について分析し、因子分析より「準備や実践の簡便さ」、「地域資源の利活用」、「子供の主体的な取組」の3因子を抽出するとともに、クラスター分析によって、教育プログラムが8類型に分類されることを明らかにした。
 研究3「副読本の分析による防災教育の類型化」では、阪神・淡路大震災、東日本大震災被災地の5自治体が編集・制作した防災教育の副読本の分析を行った。教育プログラムをクラスター分析によって6類型に類型化し、その特徴を明らかにするとともに、研究2の結果との整合性や新学習指導要領との関係性について分析・考察を行い、防災教育が新学習指導要領の「資質・能力の三つの柱」を網羅的に育成出来る領域であることや、防災教育において「命を守る教育」だけでなく「情意的側面の教育」を意識して行う必要があることを明らかにした。
 研究4「避難所運営活動によって『生きる力』を育む体験的防災教育の提案」では、申請者が宮城県南三陸町の被災中学校で開発した避難所運営活動を通した教育プログラムを、被災程度の低い中学校の生徒にも実施してその効果を検証するとともに、このような防災教育によって、生徒たちが避難所の役割を獲得してアイディンティティを確立し、実践共同体としての生徒集団の成長を促すなどのレジリエンスが育まれたことを、量的・質的調査による分析のもとに明らかにした。
 研究5「長期的な時間経過における児童生徒の災害からの適応過程」では、1995年阪神・淡路大震災時の児童生徒を対象に、25年後の2019年に質問紙調査を実施・分析した。その結果、被災程度の軽重によらず、25年を経過した現在を前向きに生き、被災体験を語り継ぐ意志を持つなど、被災体験を意味付けして周囲の人々との社会的な繋がりを大切にしながら生きている姿を明らかにした。

関連論文(査読付学術論文)
1)佐藤公治・木村玲欧・林春男(2018)生徒が主体的に取り組む「避難所運営訓練」によって「生きる力」を育む体験的防災教育プログラムの提案—宮城県南三陸町立志津川中学校での試み—, 地域安全学会論文集, No.33, pp.313-323.
2)佐藤公治・木村玲欧・幾島浩恵・澤野次郎・宮崎賢哉・小野裕子・橋本雄太(2020)児童館で実施される小学生向け防災教育の概念化の試み~和歌山県上富田町朝来児童館での生活者目線の実践をもとにして~, 地域安全学会論文集, No.36, pp.91-100.
3)佐藤公治・木村玲欧・大友章司・伊藤大輔・吉田堅一・江崎健治・高瀬杏・小笠原卓哉(2020)子どもたちは震災をどのように乗り越え、生きて来たのか—NHK「阪神・淡路大震災25 年アンケート」調査結果より—, 災害情報, No.18-2, pp.199-209.
4)SATO, K., KIMURA, R., and OHTOMO, S.(2021) Typology of Learning Contents in “Supplementary Textbook for Disaster Prevention Education” —What Are Teachers in the Areas Affected by the Great Hanshin-Awaji Earthquake in 1995, and the Great East Japan Earthquake in 2011, Striving to Teach Students in Junior High School ?—, Journal of Disaster Research, Vol.16, No.4, pp.794-812.

関連論文(国際学会発表論文(アブスト査読付))
1)SATO, K. and KIMURA, R.(2020) Study on Changes in Disaster Management Education in Japan: Analysis of the Disaster Management Education Challenge Plan, 17th World Conference on Earthquake Engineering Conference Proceedings, No.7g-0004, 7pp.

博士学位論文(2020.9)

開発した教育プログラムにおける教育効果の保持の推移 (栃木県那須小学校)

防災教育を継続するための系統的な実践

マルチハザードに対応した防災教育プログラムの開発

永田 俊光

 日本では、過去の自然災害の教訓をもとに、国や自治体等によって構造物・社会基盤の強化といったハード対策を中心とした災害対策が推進されてきた。しかし、近年、ハード対策で耐えうる想定外力を超える大規模自然災害が発生している。そのため、国民一人一人が、平時から災害に備え、災害時には適切な対応によって被害を軽減できるような防災教育・防災訓練などのソフト対策も求められている。
 本博士論文は、以上の背景を踏まえ、災害多発時代に社会の中核を担う子どもたちが、自然災害から命を守る「生きる力」を獲得するための学校教育における防災教育プログラムを、学習理論であるID(インストラクショナル・デザイン)理論におけるADDIE(アディー: Analysis, Design, Development, Implementation and Evaluation)プロセスに基づいて、教育プログラムを設計・評価・改善の繰り返しによって開発し、体系的な防災教育のあり方を検討したものである。
 研究1「緊急地震速報を利用した防災教育の実践」では、文部科学省が提唱する「主体的に行動する態度」を育成するため、緊急地震速報により危険予測と回避の力を身に付ける地震防災教育プログラムを現場教員と開発し、埼玉県内の小学校を対象にプログラムの実践・効果測定を行い、プログラムの有効性を確認した。
 研究2「竜巻被災地域における防災教育の実態分析」では、竜巻被災地域の児童・生徒への当日の対応行動の質問紙調査を通して、竜巻防災教育の学習目標を抽出した上で、危険予測と回避の力を身に付ける竜巻防災教育プログラムを開発し、被災地である埼玉県熊谷市内の小学校を対象にプログラムの実践・効果測定を用いてプログラムの教育効果を検証した。
 研究3「竜巻防災教育プログラムの開発」では、被災地外での竜巻防災教育プログラムを展開するため、竜巻防災教育を展開するための課題・要望を教職員等に調査した上で、被災地外である栃木県内の小中学校を対象にプログラムの実践・効果測定を行い、他地域へ展開できるプログラムとしての有効性を検討した。
 研究4「火山地域における防災教育の実態分析と火山防災教育プログラムの開発」では、小学校の地域学習等を利用した火山防災教育のあり方を検討するために、那須岳火山地域にある栃木県那須町の全小中学校を対象とした質問紙調査を行い、地域学習・理科学習と併せた火山防災教育プログラムの開発・検証を行った。
 研究5「マルチハザードに対応した防災教育手法と防災教育プログラムの精度向上」では、マルチハザードに対応した防災教育のあり方について、これまでに作成したプログラムを体系化し、栃木県内の小中学校を対象にしたプログラムの実践・検証によって、各災害を併せたプログラムの有効性を明らかにした。
 研究6「視覚障害に適用した地震防災教育プログラムの開発」では、特別支援教育における防災教育の現状や課題を、教職員への調査によって整理した上で、栃木県立盲学校を対象に視覚障害者用の地震防災教育プログラムを開発・検証した。
 研究7「知的障害のある児童生徒への地震防災教育プログラムの開発」では、知的障害のある子どもたちが、自らの危険を予測し回避する対応力を身に付けるための地震防災教育プログラムを、知的障害の程度区分(4段階)に応じて開発し、栃木県内の知的障害特別支援学校にてプログラムの実践・検証を行った。また、特別支援学校も含めた防災教育の効果的な研究と普及のあり方について、防災の専門家や関係機関・教育機関などのステークホルダー間の連携について提案した。

関連論文(査読付学術論文)
1)永田俊光・木村玲欧(2013)緊急地震速報を利用した「生きる力」を高める防災教育の実践-地方気象台・教育委員会・現場教育の連携のあり方-, 地域安全学会論文集, No.21, pp.81-88.
2)永田俊光・木村玲欧(2014)竜巻災害時の児童・生徒の対応行動の解明をもとにした「生きる力」を高めるための竜巻防災教育プログラムの提案-平成25年9月2日埼玉県竜巻災害を事例として-, 地域安全学会論文集, No.24, pp.161-169.
3)永田俊光・木村玲欧(2016)竜巻被災校の教訓をもとにした竜巻防災教育プログラムの開発と被災地外への展開の試み, 地域安全学会論文集, No.28, pp.117-126.
4)永田俊光・木村玲欧(2016)火山災害から「生きる力」を高めるための火山防災教育プログラムの開発, 地域安全学会論文集, No.29, pp.175-184. (筆頭著者・永田俊光:第16回地域安全学会論文奨励賞受賞)
5)NAGATA, T. and KIMURA, R.(2017) Proposing A Multi-Hazard Approach to Disaster Management Education to Enhance Children’s “Zest for Life”: Development of Disaster Management Education Programs to Be Practiced by Teachers, Journal of Disaster Research, Vol.12, No.1, pp.17-41.
6)永田俊光・木村玲欧(2018)視覚障害のある児童生徒の「生きる力」を向上させる防災教育―栃木県立盲学校での地震防災教育・訓練の実践-, 地域安全学会論文集, No.33, pp.115-125.
7)NAGATA, T. and KIMURA, R.(2020)Developing a Disaster Management Education and Trainings Program for Children with Intellectual disability to Improve ”Zest for Life“ in the Event of A Disaster - A Case Study on Tochigi Prefectural Imaichi Special School for the Intellectual disability -, Journal of Disaster Research, Vol.15, No.1, pp.20-40.

関連論文(国際学会発表論文(アブスト査読付))
1)NAGATA, T. and KIMURA, R.(2020)Earthquake and Disaster Management Education for Children with Intellectual Disabilities, 17th World Conference on Earthquake Engineering Conference Proceedings, No.7g-0005, 9pp.

修士論文(2015.3)

津波避難行動に関する決定木分析の結果

提案手法の概念図

「わがこと意識」向上のための災害体験談の加工・活用手法の提案

友安 航太

本研究では、地震活動期である21 世紀前半を乗り越えるために必要な「わがこと意識」を高めるための体験談活用について検討した。まず、体験談を数値データにコーディングし、定量分析を行うことで過去の災害における被災者の心理・行動を明らかにする分析手法を提案・実践した。さらに、体験談そのものや、体験談から得た知見・教訓を防災教育に活用するために、防災教育プログラムの分析によって防災教育の現状の明確化を試みた。 体験談の分析では、南海トラフで発生した1 つ前の被害地震である1944 年東南海地震の体験談から、津波避難に影響を及ぼす要素を数値データ化することによって、被災者の津波避難心理・行動について定量分析を行った。分析の結果、津波避難の成否に大きな影響を及ぼす要因を抽出することができた。さらに、抽出した要因と「わがこと意識」の関連を考察した。今回の分析では三重県の事例を扱ったが、結果からは、認知バイアスによる避難の遅れといった人間特性がみられ、異なる地域でも共通する一般性のある知見が得られた。 また、コーディングの際に、避難行動に関する記述が少ない体験談が散見されたという問題を踏まえて、今後の体験談調査では、半構造化面接のような構造をもつ調査手法によって被災者から体験談を収集するべきだと提案した。 防災教育プログラムの分析では、内閣府がサポートする防災教育事業の「防災教育チャレンジプラン」の下で行われた先進的な教育プログラムを分析することで、現状の防災教育について把握した。分析の結果、整然としていなかった防災教育プログラムを4 つの類型に整理することができた。また、防災教育プログラムが充実していない領域の存在が明らかになった。中でも災害時要援護者を対象とした教育を充実させていくことは、大きな課題である。また、各類型のモデルケースにおける「わがこと意識」向上に関わる学習について考察した。さらに、体験談を活かした防災教育の展開についての検討を進めた。 本研究で提案した体験談の加工による分析手法は、伝えるべき知見・教訓を抽出するための手法であり、類型化した防災教育プログラムは知見・教訓を伝えるための手法と位置付けられる(図29)。低頻度事象である災害において、比較的容易に収集できるデータである災害体験談を加工して、量的な分析をすることで、一般性を持つ、伝えるべき教訓を抽出することができる。今回の分析では、低頻度の津波災害の中では、比較的頻度の高い10メートル級の地震津波が発生した1944年東南海地震における三重県の被災者を対象とした 。

関連論文(査読付学術論文)
1)友安航太・木村玲欧(2014)被災者体験談のコーディングによる津波避難心理・行動分析手法の提案—1944年東南海地震を事例に—, 歴史地震, 第29号, pp.173-182.
2)KIMURA, R., TOMOYASU, K., YAJIMA, Y., MASHIMA, H., FURUKAWA, K., TODA, Y., WATANABE, K. and KAWAHARA, T.(2014)Current Status and Issues of Life Recovery Process Three Years After the Great East Japan Earthquake Questionnaire Based on Subjective Estimate of Victims Using Life Recovery Calendar Method, Journal of Disaster Research, Vol.9, No.7(special edition), pp.673-689.
3)松山雅洋・林春男・木村玲欧・友安航太(2014)災害時要援護者支援に係る避難支援推進モデルの提案-神戸市の防災福祉コミュニティを事例として-, 地域安全学会論文集, No.24, pp.283-291.
4)TOMOYASU, K., KIMURA, R. and HAYASHI, H.(2015)Attempt to Typify Disaster Educational Programs – Case Study of the Disaster Management Education Challenge Plan, Journal of Disaster Research, Vol.10, No.2, pp.210-216.
5)TOMOYASU, K., KIMURA, R., MASHIMA, H., and KAZAMA, I.(2015)Issues Facing Voluntary Evacuees from the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident Based on the Collection and Analysis of Cases of Voluntary Evacuation, Journal of Disaster Research, Vol.10, No.7(special edition), pp.755-769.

関連論文(学会発表論文(アブスト査読付))
1)TOMOYASU, K., WANG, Y., KIMURA, R. and SUMIYA, K.(2014)Will Mail-Based Disaster Information Work Well?: A Case Study in Japan, Proceedings of the 7th International KES Conference on Intelligent Interactive Multimedia Systems and Services(KES-IIMSS 2014), pp.293-303.