修士・博士論文

博士学位論文(2024.9)

「家庭内の備え」行動意図と行動への影響要因

開発した教育プログラム

妊産婦と周産期医療施設の災害への備えの実態に基づいた防災教育プログラムの開発

細川 由美子

 日本では、2011年東日本大震災以降、第2回国連防災世界会議の採択で明記された英名から「災害レジリエンス」という概念が広がり、国・職場・地域・国民一人ひとりに対して事前の備えと発災後の対応能力の向上が求められるようになった。特に、災害時の「要配慮者」である妊産婦は、妊娠、出産、産後・育児期について、平時でも身体的・精神的に変化が大きい時期であり、災害時においては更に脆弱性が高まることから、妊産婦の自助を育成する防災教育は緊喫の課題である。
 本博士論文は、以上の背景を踏まえ、災害時の「要配慮者」である妊産婦について、1)大災害における妊産婦への影響、2)妊産婦の災害への備え行動を規定する要因、3)周産期医療施設の災害の備えの実態と関連要因を明らかにした上で、これらの知見をもとに、4)妊産婦の災害への備え教育プログラムを開発した。
 研究1「大災害における妊産婦への影響」では、2011年東日本大震災での妊産婦の経験を、既往研究、妊産婦支援活動の実践報告、妊産婦自身の体験集などの資料から分析し、震災が健康・生活・育児に与えた影響を明らかにした。その結果、健康面・生活面などで孤独感や経済負担感が増し、妊産婦と一体である乳児は、中長期的に成長発達を妨げるハイリスク状態にあることがわかった。その上で、妊産婦への災害時の支援においては、公助として平時の妊産婦を中心にした支援体制の構築が重要であり、妊産婦へ行う防災教育は、被災後の被害や影響について、これらが軽減もしくは改善できる内容を含む必要があることを提案した。
 研究2「妊産婦の災害への備え行動を規定する要因」では、Ajzenの計画的行動理論を枠組みに、記述的規範とソーシャルサポートという2つの要因を加えた行動モデルを構築した。無記名自記式の質問紙調査を妊産婦に対して実施したところ、「妊産婦に必要な災害の備えの知識や情報の提供によって、防災に対するポジティブな心理的状態と行動コントロール感が喚起され、災害への備えの態度や主観的規範を高めることで行動意図が強くなり、実際の行動が促される」ことがわかり、今後の防災対策では、妊産婦に関連したソーシャルサポートを巻き込んだ防災教育プログラムの開発が必要であることを考察した。
 研究3「周産期医療施設の災害の備えの実態と関連要因」では、全国の周産期医療施設(2,909施設)の産科、産婦人科、助産所の災害への備えの管轄を行う管理職を対象に、無記名自記式の質問紙調査を行った。その結果、防災対策について「設備・準備」「文章化」は概ね実施されているが、「訓練・教育」「人材」「地域連携」の実施率は低かった。特に「妊産婦への防災教育」は3割程度の実施率に留まったが、回答者の「災害看護研修受講の経験」「被災後の妊産婦への認識の程度」が高い場合には有意に実施率が高く、他の分析結果とあわせて「妊産婦への防災教育・防災対策の啓発に関するパンフレット」「他施設で行われている妊産婦への防災教育・防災対策の啓発の具体的な取り組み」などの啓発材料の必要性を提案した。
 研究4「妊産婦の災害への備え教育プログラムを開発」では、妊産婦の継続した災害への意識、事前の備えの知識・行動を高めるための教育プログラムを開発した。これまでの研究をもとに全16項目の学習目標を設定し、教材等を作成した上で、協力者49名(妊婦18名、乳児を持つ女性は31名)に教育プログラムを実施した。学習目標について効果測定を行ったところ、全ての項目で統計的に有意な上昇が見られた。また、実施1か月後調査で、災害への備えの実態調査を行ったところ、災害への備えの全ての項目において、未実施の項目が無くなり実施割合が増加した。これらの結果をもとに、教育プログラムの有効性について考察をした。

関連論文(査読付学術論文)
1)HOSOKAWA, Y., OHTOMO, S., and KIMURA, R.(2022)Factors Affecting Behavior and Behavioral Intentions of Expectant and Nursing Mothers Regarding Disaster Preparation, Journal of Disaster Research, Vol.17, No.6, pp.1068-1079.
2)細川由美子・大友章司・木村玲欧(2022)周産期医療施設の災害への備えの実態と関連要因~施設の防災対策と妊産婦への防災教育について~, 日本看護科学会誌, No.42, pp.908-917.
3)細川由美子・木村玲欧(2024)妊産婦に対する災害への防災教育プログラムの効果の検証, 地域安全学会論文集, No.44, pp.111-120.

関連論文(国際学会発表論文(アブスト査読付))
1)HOSOKAWA, Y. and KIMURA, R.(2020) The Health and Daily Lives of Pregnant, Parturient and Puerperal Women and Children -During the Great East Japan Earthquake-, 17th World Conference on Earthquake Engineering Conference Proceedings, No.7g-0003, 9pp.